好きで仕事をしている人と嫌々仕事をする人。。1

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「好きで仕事をしている人と嫌々仕事をする人」と、ネット上で検索をかけても出てこなかったので、そんなに関心事でもないのかなぁと思いながら、ただ、このテーマって、切り口によって色んな方面への話の派生がありそうで、ちょいちょい使ってみようかなぁとも思いつつのお話です。

「好きで仕事をしている人と嫌々仕事をする人」と聞いて、ぱっと思いつくこと。検索をかけると、「好きな事を仕事にする」とか、「仕事が嫌で辞める前に」とか。

例えば、同じ職場であっても、表現によっては「好きに仕事をする人とやらされて仕事をする人」というような表現にもなるのかなぁとか。「楽しそうに仕事をしている人と給料のためだけに仕事をしている人」とか。。まぁいろんな表現もできそうで。。。

仕事の環境にあっては、個人事業主であれば、同じ組織内に比較するようなポジションや人もいないことが多いので、それ以外の方々の方が共感しやすいのかもしれません。まぁいろいろな組織に関わって仕事をする方々にとって、周辺の人と自分の比較で、いろんな違いを感じることも多いのだと思います。

単純に、仕事の役割、就業の時間、待遇、勤務地、求められるスキル、上司や部下などのメンバー、契約の期間などなど。。まぁ挙げればいろいろでしょうが。

その違いに関して、不満を持つことも多いでしょう。「あの人は私よりも仕事ができないのに私より給料が高い」だの、「あの現場は、私たちよりも就業時間が短い」だの、「あの部署は休みが多い」だの。もちろんこれ以外でも、「あの現場は、非協力的だ」だの、「うちの会社で仕事ができるのは、うちの部署で受注できているからだ」だとか。まぁさまざま。。

そんな時。。。

組織が大きくなればなるほど、というよりは、組織で取り扱う商品やサービス、性質や風土、職種など多岐に渡れば渡るほど、その価値観は多様で、一様ではなく、事業の推進にあたっては、複雑に絡み合う多様な要素を整理しつつ、バランスを取りつつ、組織が一体となりながら、MissionやVISIONに向かって進んでいく。。というのが、まぁ教科書的な建前的なお話なのですが。。。

当然、こうした組織の中では、先程触れたように多様な人たちが関わっているので、何でもかんでも納得できる組織が創れるわけではない。。出世レースがあれば、職場内のいじめあり、上司からのパワハラがあったり、その他ブラックな職場環境、サボってばかりの同僚や上司など、まぁいろいろな職場で、いろいろな課題があって、いつも綺麗さっぱりには行ってないでしょうねぇという事。これが、おそらく大きな組織であっても、中小、零細な組織であっても、事業推進体として進められる組織において、これらの状況は同じなのではなかろうかと想像するのですが。

さて。。

そういう時に、好きで仕事をする人と嫌々仕事をする人。このお互いが相手を信頼できずに批判し合うという構造。。この原因は、幾つかの部分に起因すると思うのですが、例えば、「待遇」であったり、「役割分担」であったり。。

当然、嫌々でも与えられた役割をきっちりこなしていれば、それは契約だという事だと思いますので、非難される筋合いではない。。一方で、好きで仕事をするという中には、事業の効率化というよりむしろ、自分の趣味の世界が仕事に入ってきて、非効率的になっていれば、これは、組織として指導の対象となる。。。という見方。

逆で言えば、もっと自分の仕事について興味を持って熱心に、組織の目標に対して協力的にやれ。と言われればそうですし、仕事や組織に対して、一定程度のエネルギーを傾けてくれる、好きで仕事をする人が成果を出しながら評価が高かったりするという見方も。。

いずれにしても、組織で仕事をする以上、組織のルールに従って、各人の契約に従って、制定されている法律に従って、責任を果たすというところを最低限として、あとは、何でしょう。。。

何となく。。。まぁここまで対極的な感じでなくても、どっち寄りかで、仕事に従事しているとして、その双方の働き方が認められる、お互いに納得できる、信頼できる、かつ、その組織のミッション・ビジョン、利益の最適化が図られる環境が作られることが大切なのだろうなぁとは思ったりするわけです。

多様な人間がいて、多様な働き方ができるとは、そういう部分も考えていかなくてはならないのだろうと思ったりするわけです。ただ。。。

例えば、これが超過勤務をどの程度、どのようにするのかという、より具体的で数値化される要素のルールを確認するとなった時。。。当然、労務の管理がなされ平等に、取り扱われるというのが、ルールなのでしょうけど。

さて。。。。これって? 

どこまで管理されるのでしょうか? ビデオカメラですか?成果物ですか?上司ですか?個人評価ですか?行動責任???? 管理できますか?

結局、国で検討されている「働き方改革」なるものも、同様の根本的な課題があると思うのですが、これって、ルール云々というより、仕事をする組織内での信頼関係が構築されていないってことなんですよね? 国に対する信頼がない、組織に対する信頼がない、労働者に対する信頼がない。から、細かいルールづくり?で、信頼がないから、ルールも作れない。ルールを作ると、それを守るために監視、管理をしなくてはならないという業務、労力が増えて、それでも突き詰めたら、結局「公平か、平等かどうかわからない。」って。事なのかなぁと。

まぁ業務上、それぞれの仕事の時間の使い方って違うでしょうし、組織全体として、それぞれの役割分担の中で、やっていることで、何はどうあれ、信頼できていれば、誰が何をしていようが(何をしていようがはいいすぎですかね。)、同じ方向に向かっていられるのだろうと思いますが、「あいつらは、利益を搾取している」「あいつらは、仕事をしていない」などと、言い合うようになったら、まぁその組織は、そこで終わり。。後は、その組織や、制度そのものが潰れる方へまっしぐらなのかなぁと、まぁそう思ったりするわけでして。。。( μ_μ)σ

うん。。。ここはやはり。。。それぞれの現場を取りまとめている各リーダーと、組織本部のリーダーのコミュニケーションによって、各リーダー同士が納得できる、意思の疎通というところが、現実的には取組むべき第一歩というところで、それぞれの現場の中で、自分が主体者となって、話し合うという責任を果たしていきましょうか。あれ。。これは、既にやったけど、成果が上がらなかったのかやり方が間違っていて、進めることができなかったのか。。。(^_-)-☆